コルトーナだけの休日

今日、2月22日はコルトーナだけの休日です。
「市民の日」と表現すればいいですかね〜。

このコルトーナの街の守護聖人は、聖マルガリータです。

イタリアのような、キリスト教国では、毎日は誰かの聖人の日となっており、
カレンダーには聖人の名前が書き込まれています。
そして今日を見ると
「S.Margherita da Cortona」、つまり「コルトーナの聖マルゲリータ」となっています。
そして、このコルトーナ旧市街から更に上にある聖マルゲリータ教会
奉られているのが彼女、聖マルゲリータです。

サンタ・マルゲリータ


…という訳で今日は彼女にまつわるお話を少し。 まずこの教会はコルトーナの街から更に上に登った場所にあり、
ここから眺める田園風景は見事。
更にコルトーナの街を見下ろす為、まさにコルトーナの守護聖人が奉られているという
言葉がピッタリの場所にあります。

そしてこの教会に現在埋葬されているのが、聖マルゲリータです。

彼女は1247年、ペルージャ近郊の町ラヴィアーノで農家の娘として生まれました。
彼女が19歳の時には、モンテプルチャーノの若い貴族を駆け落ち、一男を授かります。
しかし、その9年後、山賊により恋人(法的には籍は入っていなかった)が殺されます。
伝説によると、子犬がマルゲリータを案内し、深い森の中で遺体を見つけたそうです。
その後、実家に戻ろうとするものの、8歳の時に実母を亡くしている彼女を継母は
迎え入れてはくれませんでした。

途方に暮れる彼女でしたが、コルトーナの町は彼女を優しく迎え入れ、
2人の貴婦人の助けにより、寝床と妊産婦としての仕事を手に入れます。
その後、お金がなくて治療の受けられない病人を支え、彼女を筆頭に
ポヴェレッレ」と呼ばれるボランティア団体も作り、病人救済に全力を注ぎます。
1278年には乏しい人の為の病院ミゼリコルディアを設立。
代表者として病院を仕切り、看護婦として、時にはコック、更に教会などを周り募金を求めたりと
恵まれない人を助けるために何でもしていたと言われています。

このように現実的に活動していた姿とは裏腹に彼女の生活は観想生活を送っていました。
フランチェスコ修道院の石むき出しの小部屋で生活し、硬い板の上で睡眠を取り、
毎週日曜日には生まれ故郷へ出向き、若き頃の話を語り、懺悔・許しを求めていたといいます。

病気だけではなく、コルトーナの代表的な2つの貴族の間に起こった諍いの仲介など
多くの人が彼女の助けや言葉を求め、町ではすでにとしてあがめられていたと言います。

1288年には崩壊された教会跡に、新たに小さな教会を建築します。
この教会の裏手にある小さな部屋で人生最後の日々を過ごしたと言います。

そして、1297年の今日、2月22日にこの世を去り、
その彼女が作り上げた小さな教会に埋葬されました。
彼女の死後、コルトーナの人々は彼女を奉る教会として、小さな教会の隣に大きな教会を作り、
1330年には聖マルゲリータの遺体が移されています。

1728年、ベネディクトゥス13世により、聖人として認められ、現在に至っています。

こうして読むと、知っているように思いますが、この記事を書くためにネットで読んで
初めて知った事ばかりでした。
今度時間があったら、もう一度教会を訪ねてみたいと思います。

次回はこの教会にまつわるお話で〜す♪

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