もう3月になりますね〜。
30代の中盤に差し掛かろうとする私ですが、嫁入り前(笑)なのでお雛様を飾ってみました♪
5年以上前、金沢へ旅行に行ったときに買った小さな卵の様なお雛様です。
イタリアに住んでいても、こういう行事は大切にしていきたいですね。
さて、ちょっと時間が経ってしまいましたが、予告通り聖マルゲリータ教会のお話。

前回も書いた通り、コルトーナの町を一望する場所に建つこの教会には、
聖マルゲリータが奉られています。
その言葉の通り、教会の中には聖マルゲリータが葬られています。

この場所にはマルゲリータが生存する前である11世紀に建てられた小さな教会がありました。
カマルドリ修道会によって建てられたこの小さな教会は聖バジリウスが奉られていたそうです。
しかし1258年に起こった「コルトーナ略奪」の際、教会は破壊されてしまいました。
1288年、当時40歳だったマルゲリータの手により、この崩壊された教会跡に
聖バジリウスと聖エジーディオ修道会、そしてアレッサンドリアの聖カテリーナを奉る
小さな聖バジリウス教会を再建します。
彼女が再建したこの小さな教会の裏手には小さな部屋があり、
ここで彼女は最後の日々を過ごしたと言われています。
1297年、この世を去ったマルゲリータは、彼女自身が再建したこの教会に葬られることになります。
しかし彼女の死後すぐにコルトーナの人々は彼女を奉る教会の建築を開始。
こうして聖バジリウス教会の隣に大きな現在の聖マルゲリータ教会が誕生したのです。
1330年には彼女の遺体も現在の位置に移されました。
この時から、この教会は聖マルゲリータ教会と呼ばれています。
聖マルゲリータの記念碑や近代的なファザードに埋め込まれたバラ窓など教会の絵画や
彫刻の多くはシエナ学会によるもので、2体の大理石によりマリア像や
ロレンツェッティ作とされているフレスコ画の一部は
現在ディオチェザーノ美術館にて保管されています。
その後、時代の流れにより大きくその姿を変え、同時に小さな教会も、ほぼ完璧に解体されました。
当時の姿を読み取る事が出来るのは、教会内部の内陣席と二重の交差ヴォールト、
2番目と3番目の身廊のみです。
そんな中、教会建築に携わっていた建築士親子が残した当時の建築図の版下が発見されました。
1989年、現在のアカデミア・エトルスカ美術館監修のもと、印刷され話題となりました。
これによると当初の聖マルゲリータ教会は左翼廊の壁にはシエナ学会の大理石の豪華な霊廟や、
コルトーナ出身のピエトロ作の聖マルゲリータの棺など、
目を見張るような豪華さだったと推測されています。
また祭壇奥の右の身廊には、1200年代前半に作られた貴重な木製の十字架があり、
この十字架は実際、聖マルゲリータが祈りを捧げた十字架として、大切に保管されています。

30代の中盤に差し掛かろうとする私ですが、嫁入り前(笑)なのでお雛様を飾ってみました♪
5年以上前、金沢へ旅行に行ったときに買った小さな卵の様なお雛様です。
イタリアに住んでいても、こういう行事は大切にしていきたいですね。
さて、ちょっと時間が経ってしまいましたが、予告通り聖マルゲリータ教会のお話。

前回も書いた通り、コルトーナの町を一望する場所に建つこの教会には、
聖マルゲリータが奉られています。
その言葉の通り、教会の中には聖マルゲリータが葬られています。

この場所にはマルゲリータが生存する前である11世紀に建てられた小さな教会がありました。
カマルドリ修道会によって建てられたこの小さな教会は聖バジリウスが奉られていたそうです。
しかし1258年に起こった「コルトーナ略奪」の際、教会は破壊されてしまいました。
1288年、当時40歳だったマルゲリータの手により、この崩壊された教会跡に
聖バジリウスと聖エジーディオ修道会、そしてアレッサンドリアの聖カテリーナを奉る
小さな聖バジリウス教会を再建します。
彼女が再建したこの小さな教会の裏手には小さな部屋があり、
ここで彼女は最後の日々を過ごしたと言われています。
1297年、この世を去ったマルゲリータは、彼女自身が再建したこの教会に葬られることになります。
しかし彼女の死後すぐにコルトーナの人々は彼女を奉る教会の建築を開始。
こうして聖バジリウス教会の隣に大きな現在の聖マルゲリータ教会が誕生したのです。
1330年には彼女の遺体も現在の位置に移されました。
この時から、この教会は聖マルゲリータ教会と呼ばれています。
聖マルゲリータの記念碑や近代的なファザードに埋め込まれたバラ窓など教会の絵画や
彫刻の多くはシエナ学会によるもので、2体の大理石によりマリア像や
ロレンツェッティ作とされているフレスコ画の一部は
現在ディオチェザーノ美術館にて保管されています。
その後、時代の流れにより大きくその姿を変え、同時に小さな教会も、ほぼ完璧に解体されました。
当時の姿を読み取る事が出来るのは、教会内部の内陣席と二重の交差ヴォールト、
2番目と3番目の身廊のみです。
そんな中、教会建築に携わっていた建築士親子が残した当時の建築図の版下が発見されました。
1989年、現在のアカデミア・エトルスカ美術館監修のもと、印刷され話題となりました。
これによると当初の聖マルゲリータ教会は左翼廊の壁にはシエナ学会の大理石の豪華な霊廟や、
コルトーナ出身のピエトロ作の聖マルゲリータの棺など、
目を見張るような豪華さだったと推測されています。
また祭壇奥の右の身廊には、1200年代前半に作られた貴重な木製の十字架があり、
この十字架は実際、聖マルゲリータが祈りを捧げた十字架として、大切に保管されています。



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